矯正治療では、一般的に歯にブラケットという小さな装置を付けてそこにワイヤーを通します。
器具をつけた歯は、通常よりも汚れがつきやすく、さらにその汚れも落としにくくなってしまいます。
最近では、マウスピースを用いた矯正もよく行われるようになってきました。
しかし、マウスピース矯正でもやはり通常よりお口の状態が悪化しやすいため、入念なオーラルケアが重要になってきます。
ワイヤー矯正でも、マウスピース矯正でも、矯正治療中は通常よりもむし歯や歯肉炎などのトラブルになりやすいので、オーラルケアにはいつも以上に気を付ける必要があるのですね。
では、矯正治療中のオーラルケアの重要性について詳しく解説していきます。
矯正治療中はむし歯や歯肉炎になりやすい
歯科矯正の目的は、歯並びを良くして見た目はもちろんの事、歯の清掃性や自浄作用を向上させお口を機能的にもより良い状態に導く事です。
けれども、矯正治療中に一時的にお口の環境が悪化し、むし歯や歯肉炎を発症してしまうことも多く見られます。
歯並びは良くなっても、むし歯や歯肉炎が起きてしまうことは、お口にとって大きすぎる代償であり、最大限の努力をもって防ぐべきです。
では、なぜ矯正治療中はお口の環境が悪化しやすいのでしょうか。
それには、以下のような理由が考えられます。
1、矯正装置が複雑で汚れが溜まりやすい
2、歯磨きがしにくい
3、唾液の自浄作用が働きにくい
矯正装置が複雑で汚れが溜まりやすい
一般的に、歯列矯正で用いる装置には歯に付けるブラケットとワイヤーが挙げられます。
ブラケットにはワイヤーを通す細かな溝が付けられています。
ブラケット自体や、その周囲には汚れが停滞しやすくプラークが形成される原因になります。
また、ワイヤーにも食事が絡まりやすく、お口の中が不衛生になりやすくなります。
歯磨きがしにくい
矯正装置は複雑な形をしているので、いつものように歯ブラシで磨いても汚れが残りやすくなります。
細かなタイルの溝の掃除が大変なのと同じです。
矯正治療中は普通の歯磨きだけでは磨き残しが多く発生してしまいます。
唾液の自浄作用が働きにくい
唾液には、口の中の汚れを洗い流し、唾液中に含まれる抗体でお口の中を清潔に保つという役割があります。
しかし、矯正装置があることによって、歯の表面に対する唾液の循環が阻害されてしまいます。
そのため、唾液の作用が発揮されにくくなり、むし歯や歯肉炎になりやすくなってしまうのです。
マウスピース矯正でも注意が必要
マウスピース矯正では複雑な装置を歯に付けないため、ワイヤー矯正よりお口の環境を清潔に保つことができます。
しかし、マウスピース矯正は1日20時間以上の使用が推奨されています。
マウスピースを装着している間、歯や歯肉は唾液と触れることがありません。
すると、先ほど挙げた唾液の自浄作用が働きにくくなり、やはりお口にトラブルが起こりやすくなります。
マウスピース矯正でも、普段よりもお口の環境に気を配る必要があるのです。
矯正治療中のオーラルケアのポイント
矯正治療中は通常よりも丁寧なオーラルケアが必要ですが、実際にはどのような点に気を付ければ良いのでしょうか。
ポイントをいくつか挙げていきます。
1、定期的な歯科医院でのクリーニング
2、歯磨きのポイント
3、フッ素配合の歯磨き粉を使用する
4、洗口剤(うがい薬)の使用
5、その他、特別な道具の使用
定期的な歯科医院でのクリーニング
矯正装置を装着した状態でのセルフケアには限界があります。
歯科医院ではさまざまな器具を用いて丁寧に汚れを落とすことができます。
矯正治療では通常1か月に1回の通院が多いですが、歯のクリーニングも同じくらいの頻度で行うことをお勧めします。
矯正治療を行っていない場合、歯のクリーニングは3か月から半年ほどの間隔で実施することが多いですが、矯正治療中はもっと短期間で行った方が良いでしょう。
また、歯科医院では高濃度のフッ素塗布(9000ppm)も行うことができます。
むし歯の予防にはフッ素が効果的なので、可能ならば3〜4ヶ月毎に塗ってもらいましょう。
歯のクリーニングやフッ素塗布は保険が効かない場合も出てくるかと思いますが、矯正治療の成功には歯をむし歯や歯肉炎にしないことも含まれますので、必要経費だと考えて検討してもらえればと思います。
歯磨きのポイント
次にセルフケアである歯磨きのポイントについて解説していきます。
歯磨きのポイントには以下の3点があります。
1、歯間ブラシやタフトブラシを使う
2、磨きにくい部分を意識して磨く
3、歯ブラシを当てる角度を意識する
歯間ブラシやタフトブラシを使う
歯ブラシだけではブラケットやワイヤーの隙間といった細かな部分の汚れを落とすことは難しいので、歯間ブラシやタフトブラシを併用しましょう。
通常、歯間ブラシは歯と歯の間の清掃に使いますが、矯正治療中はブラケットと歯面の隙間や、ワイヤーと歯面の隙間など狭い部分にも使用すると、汚れをしっかり落とすことができます。
タフトブラシは、細かな部分にピンポイントで毛先を当てて汚れを落とすことができます。
歯ブラシでは毛先が当たらないような凹凸もしっかり磨くことができるので、タフトブラシは持っておきたい道具です。
また、歯ブラシにも、矯正用歯ブラシがあります。
毛先が山形のものや谷型のものがあり、ブラケット周囲の汚れを効率よく落としたり、逆に矯正装置に負荷をかけないように設計されたりしています。
基本的には通常の歯ブラシに歯間ブラシやタフトブラシを併用すれば問題ありませんが、矯正装置がよく外れてしまう、また、矯正治療中で歯に痛みを感じやすい時期などは矯正用歯ブラシを使用してみても良いかもしれません。
デンタルフロスもワイヤーの隙間から通して使用できます。
ただし、奥歯は頬粘膜が邪魔をして通しにくいので、できる範囲で行うとよいでしょう。
磨きにくい部分を意識して磨く
磨きにくいところを意識して磨くことも大切です。
ワイヤー矯正中の磨きにくい部分は以下になります。
・歯と歯の間
・歯と歯肉の境目
・ブラケットの周辺
・ワイヤーと歯の隙間
これらの部位は矯正治療中のむし歯の好発部位となります。
もし、ブラケットやワイヤーの周辺がむし歯になった場合、矯正装置を一度外してむし歯の治療を行うこともあります。
それぞれの部位の清掃方法をご紹介します。
歯と歯の間
歯と歯肉の境目
この部分は、歯ブラシの角度を調整して磨くようにしましょう。
歯面に対して45度歯肉方向に傾けて毛先を当てると歯と歯肉の境目が磨きやすくなります。
また、タフトブラシを境目に沿わせるように動かして磨くことも効果的です。
ブラケットの周辺
ブラケットの周辺は、歯ブラシとタフトブラシを併用して磨きます。
一本ずつ磨く必要があるので時間がかかるかもしれません。
就寝前にしっかり磨くと効果的です。
ワイヤーと歯の隙間
ワイヤーと歯の隙間は、歯間ブラシやタフトブラシで磨きます。
歯間ブラシには太さがいくつかありますが、何種類か持っておくと隙間の広さに合わせて使い分けることができ、便利です。
歯ブラシを当てる角度を意識する
歯ブラシを歯面に対して直角に当てるだけでは汚れを取り残してしまいます。
磨きたい部分に毛先が当たるよう、角度を付けて磨くことが大切です。
フッ素配合の歯磨き粉を使用する
矯正中はむし歯になるリスクが上がるので、フッ素が高濃度配合された歯磨き粉を使うようにします。
フッ素は歯の表面のエナメル質を強化し、むし歯菌の出す酸に対して抵抗性を上げます。
また、初期むし歯になっている部分のエナメル質を再石灰して強度を上げる効果もあります。
現在、市販されているフッ素配合歯磨き粉の最高濃度は厚生労働省により1500ppmと決まっています。
フッ素を歯面に効果的に作用させるためには、歯磨き後30分のうがいや飲食は控えましょう。
また、フッ素は唾液で流されてしまうので、長期間継続的に使用することが大切です。
また、歯科医院ではさらに高濃度のフッ素(9000ppm)を歯面に塗布することができるので、歯科医院でのクリーニングの際にフッ素塗布をしてもらうのもよいでしょう。
洗口剤(うがい薬)の使用
矯正治療中は物理的に汚れを取り除く以外に、薬液による化学的な洗浄も効果的です。
洗口剤には以下の効果があることが認められています。
・歯肉縁上プラークの破壊や殺菌
・プラークの再沈着の防止
つまり、洗口剤にはプラークを物理的に除去する力はありませんが、化学的に分解し不活性化させることができるのです。
洗口剤に含まれる薬剤には、以下のものがあります。
・グルクロン酸クロルヘキシジン(CHG)
・塩化セチルピリジウム(CPC)
・塩化ベンゼトニウム(BTC)
・ポピドンヨード(PI)
・エッセンシャルオイル(EO)
・トリクロサン(TC)
上記3つは歯面やバイオフィルム表面に付着して作用する薬剤で、下記3つはバイオフィルム深部へ浸透して作用する薬剤です。
歯磨きの仕上げに洗口剤を使用すると、よりお口の中を清潔に保つことができると考えられます。
ただし、歯磨き粉に含まれるフッ素を歯にしっかりと作用させるために、歯磨き後30分空けてから洗口剤を使用することが望まれます。
また、洗口剤の中にはプラスチック製のブラケットや、ブラケットの接着剤、そして歯を着色させるものがあります。
使用する場合は、まず担当の歯科医師や歯科衛生士に相談するとよいでしょう。
その他、特別な道具の使用
その他に、水流の力を利用して汚れを取り除くウォーターフロッサーと呼ばれる機器を使う方法があります。
ウォーターフロッサーは細いノズルの先端から高圧の水流を噴射して歯についた汚れを取り除きます。
水流を使用するので電動歯ブラシなどと違い矯正装置に過度の力が加わりにくく、矯正中のオーラルケアに向いています。
細かな部分にも水流を当てることができるので、歯間ブラシやタフトブラシが届かないところの汚れを取り除くことも得意です。
ウォーターフロッサーは、プラークを除去することはできませんが、プラークになる前の食べカスを取り除くのには適した道具になります。
現在、ウォーターフロッサーには色々な製品が販売されています。
据え置きタイプのものや、ポータブルタイプのもの、矯正用のノズルが付属しているものなどさまざまです。
子どもでも簡単に使用することができるので、矯正治療中のお子さんにもお勧めです。
まとめ
矯正治療中はどんなに歯磨きが上手な人でもむし歯や歯肉炎のリスクが上がります。
近年では、マウスピース矯正の人気が高まっていますが、ブラケットを使用した矯正の方が症例の適応範囲も広く、安易にマウスピース矯正を選択するのは危険です。
ブラケットを使用した矯正治療でも、しっかりとオーラルケアを行えばむし歯や歯肉炎を起こさず矯正治療を終えることができます。
矯正治療中は、歯ブラシによる歯磨きに加えて、歯間ブラシやタフトブラシ、洗口剤、ウォーターフロッサーといった補助アイテムを利用してオーラルケアを行うとよいでしょう。
矯正治療で、きれいで健康な歯と歯並びを手に入れましょう。
文:歯科医師 古山 直香